優しい書体って何? 組版よもやま話(その14)

 NHKの「チコちゃんに叱られる」の中で、解説の偉い先生から「チコちゃんは5歳なのに何でも知ってるんだねぇ」と言われているのを見て触発され、チコちゃんの10倍以上ボーっと生きてきて(「馬齢を重ねる」って言うらしいです)、チコちゃんに追いつくために日々勉強はしているつもりなのですが、頭の中に入りきらず最近はフリーズと再起動ばかりを繰り返している「 window tribe 」です。今回はその一例を書き綴ってみました。題して「優しい書体って、なぁに?」。


 文字組版をするにあたり、文字列情報のテキストに用紙や画面上で「表情」を与えるのが「組版コマンド(設定事項)」で、「前回の見本通りに作成する」という指示であればその通りにすれば良いのですが、ご新規の作業では、

・規格サイズ、

・縦書き・横書きのどちらか、

・用紙のサイズに対する本文を入る部分の版面(はんづら)に対して、版面内に何文字×何行入れるのか、

・そのために文字の大きさはどれくらいか、

など基本的な取り決めをして紙面造りをしていきます。


 そこで忘れてはいけない大切なコマンドが「書体」なのですが、どういう書体を使うのか「明確な指示」がある場合と、そうでない「感覚的な指示」の場合があります。

 その「感覚的な指示」の中でもよく言われるのが「優しい書体にして下さい」という漠然とした指示です。

 特に福祉関係や初等教育関係のお客様から言われる事が多く、手書き風の書体や漫画調の書体もあったりはしますが、往々にして「丸ゴシック体」を用いる事でご満足いただけているようです。

 しかし「執筆者や会社の味方ではなく、読者の味方」を標榜する私にとっては、発信側の思いが果たして受け手にとって本当に優しいのかなぁと首を傾げる事も有ったりします。


優しい」の捉え方も人により千差万別で、

・ 明朝体では格式ばって見えるので、角の取れた丸ゴシックが親しみがある。(気持的に優しい)

・ 老眼・弱視で文字にもやがかかった様に見える人にとっては、明朝体の横線が飛んで見えにくいので、タテ・ヨコの線の太さが均一なゴシック体の方が見え易い。(高齢者や障害のある人に優しい)

・ ゴシック体で画数の多い文字はつぶれて見えるが、明朝体のタテが太く、横が細いことでメリハリがあって識字し易く大勢の読者には読み易い。(目に優しい)

などのそれぞれの立場で求められる「優しい」の解釈が異なります。


「明朝体」と「ゴシック体」

明朝体」は文字の中のタテ線が太く、ヨコ線が細い事によって、1文字の中の限られたスペース内で細かな表現が出来るのが特徴で、新聞、小説、論文など文字数が多く「品位」が求められる印刷物で多用されています。

 これらに言えることは文字サイズが大きくない(敢えて小さいとは言いません)事です。アカデミックな印刷物では画数の多い漢字を用いるケースが多いので素早く識字できる事が重要です。

 明朝体の漢字の「」の文字の右側に三角形の山が付いていますが、ころを「ウロコ」と言って横線が飛んでも、そこに線が有るであろうと予測させ識字率向上に役立っているそうです。(欧文書体で明朝体に相当するのが「ローマン体」と言われる書体群ですが、ウロコに匹敵する出っ張りを「セリフ」と言っています)


ゴシック系の文字」は縦横の線の太さが同じと言う特徴があるのですが、画数が多い文字では線の太さに若干のメリハリは付けてはいるのですが、それでも文字が潰れて見え難いので、小さい文字サイズでは著しく識字性が悪化します。

 反対に大きな文字サイズで程々の画数であれば、遠くからでも識字しやすいですので道路標識や見出しに適している書体といえます。


書体」という言葉を何気なく使っていて「フォント」と同じ意味だと思っていたのですが、例えば「〇〇明朝体」とか「◇◇ゴシック体」など一貫したデザイン方針で作成された文字群の事で、我々は「ファミリー」という言葉でくくっています。

 そのファミリーの中に「ウエイト」という太さを表す用語が有り、細いライトから始まってレギュラー・ミディアム、デミボールド、ボールド、エキストラボールド、ウルトラボールドなどの順に太くなっていく文字群が「フォント」です。

 乱暴に言えばパソコンで言うところの「書体というフォルダー」に、「フォントというファイル」がウエイト毎に複数の太さで入っているような感じでしょうか。


ユニバーサルデザイン

ユニバーサルデザイン」という概念は、これも深く掘り下げていくと不勉強が馬脚を露してしまいますが、一般的には障害の有無に関わらず誰もが扱いやすいことを言うようです。

 前述の明朝系の活字、ゴシック系の活字は、それぞれのメリットと弱点を併せ持っている事が分かります。乱暴に言うと「かすれの明朝」と「潰れのゴシック」という傾向でしょうか。

 その弱点を補えばメリットが残ることになります。そこに着目した「UD(ユニバーサルデザイン)フォント」というものが広く知られています。

 その中でも広く使われているのが「イワタUDフォント」という書体群で、イワタと松下電器が高齢化が進む情勢でリモコンなどの家電製品があまり明るくない家庭内の照明環境でも識字しやすくなるようにと共同開発された書体だそうです。

 65歳以上の方々にモニターをお願いして様々な書体をウエイト毎に見比べてもらい、どの書体のどのウエイトが読み易いか・読み難いかなどの意見を聞きながら従来の書体を見直して改良して作成されたそうです。

 特色としては文字を修飾する部分をコンパクトにしたり削除するなどして限られたスペース内で極力文字が大きく見えるようにデザインされ、カナ文字ではバビブベボの濁音とパピプペポの半濁音の区別が付きやすいように〃(濁点)や(半濁点)の部分が明確になるようにも工夫されているそうです。

 このUDフォントにはヨコ棒が太めにデザインされた新聞用の明朝体もあって、私どもの地元の中国新聞をはじめ、多くの新聞社で採用されているようです。


顔を洗って出直します

優しい」という感覚的な指示に端を発して筆を執りましたが、この「優しい」の捉え方も十人十色で明確な結論もだせず前述の「丸ゴシックにしておこう」という安易に妥協するケースも少なくありません。

 しかし、「象形文字」から「漢字」の原型が中国で見られてから3500年経つそうで、妥協せず「正しく伝える」ために多くの先人が今に至るまで連綿と創意工夫されている事が分かり、私などが語らなくても調べればいくらでも詳しく書かれたものが出てきました。

 今回は書体について考えてみましたが、それ以外の要素でも、「文字の大きさと、1行に何文字入るのか」という事柄でも、1行の長さが長くなると文字を追う視線移動が大きくなったり、どこまで読んだか分かり難くなりますので、新聞・雑誌にありますように段組みと言って1行当たり10数文字にして視線移動を少なくするなど工夫がなされています。

 このように「漠然とした思い」を如何に具体化していくのかというテーマも、突き詰めれば弊社の創業者が申しておりました「可読性の追求」という事になるのですが、冒頭のチコちゃんに「ボーッ生きてんじゃあねーよ!」と言われるでしょうから、顔を洗ってもう一度勉強をやり直して出直してきます。

 

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